5月5日早朝。
速やかに身支度を整えて、5時40分頃宿を引き払う。目の前にある会津若松駅から、郡山行きの初電に乗車するためだ。改札を抜けると、1番線ホームに3両編成の電車が待っていた。休日の朝一番、乗客は1車両に4〜5人といったところだ。

6時ちょうど。ドアが閉まって電車は走り出す。新緑の眩しい若松市街から急勾配の線路をぐんぐん登って、6時24分、春の入口へさしかかった猪苗代駅着。さすがに空気が冷たい。
駅前広場の北西に隣接した、会津バス猪苗代営業所へ。バスターミナルで中ノ沢方面行きのバスを見つけて近づくと、運転士は料金箱を帽子で塞ぎ、扉の鍵をかけたままどこかへ行っている。おそらくは寒さを凌ぐため、営業所内の待合室にでも入っているのだろう。
数分して、運転士のおっちゃんがやって来た。後へ続いてバスの出入口へ近寄ると、鼻先でドアを閉められ、発車されそうになる。
慌ててドアを軽く叩くと、おっちゃんは驚いたような顔でバスを停め、扉を開けた。
「何だい、あんた、バスに乗るんだったの?」
発車前のバスの入口で待ってる人間が、他にどんな用事があると思ってやがったんだよこのスットコドッコイ! と、心の中で叫んでみる。
表面的には平静を装い(笑)、沼尻のバス停まで行きたい旨を告げて座席へ腰を降ろした。

自家用車の普及や地方の過疎化に伴う利用客の減少を、会津バスはリストラだの路線廃止だのの理由として上げているが、企業としての体質を考え合わせれば、利用客減少の原因はそれだけでもあるまい。
国道115号線は、ほぼそのまま昔の福島街道にあたる。途中から中年女性がひとり乗車しただけで、バスはぐんぐん進む。殆どが通過停留所なのだが、時間調整はしなくても大丈夫なのだろうか。ただでさえ本数の少ないバスなのに、定刻前に行き過ぎられてしまったら、泣くに泣けないだろう。
115号線と県道24号線の分岐に、沼尻のバス停はある。降り立つと、バスはゆっくり県道へ入っていった。ただひとり残った乗客は、この先にある中ノ沢温泉で働いている人なのか。
停留所脇の空き地で、前もって予約しておいたタクシーに乗換える。地図のコピーと地形図を広げ、この場所へ行きたいんです、と、運転士さんに何度も念を押す。タクシーでの目的地は、土湯トンネル手前を県道30号線へ入った先にあるヘアピンカーブ。特別な目標物も無い場所だ。
「あーはいはい。大丈夫ですよ」
運転士のおっちゃんが、のんきな返事をする。地元のタクシーだから道は詳しいだろうし、県道との分岐までは国道を道なりに行くルートだから、ひとつも不安は無い、はずなのに、何だか嫌な胸騒ぎがした。
標高520mの猪苗代駅前から、バスとタクシーでさらに600mを越える上りの行程。沼尻バス停は、まだ半分も登っていない高さにあった。傾斜がきつくなった坂道を走るうち、そこここに残雪の姿が見え始める。
まずいかもしれない。
これから標高1272mの土湯峠へ向かうのに、春山トレッキングの出で立ちで来ているのだ。上は、どんな様子なのだろう。
胸騒ぎはこれだったのか、と、考えながら進むうち県道30号線に入り、登山道との分岐でタクシーが停まった。
着きましたよ、と言われ、料金を払って降りる。時刻を確認している間に、タクシーは元の道を戻っていく。
地形図を広げて確認するが、どうもおかしい。すぐ右手に見えるのは、どう考えても「プルミエール箕輪」のスキー場リフトである。
あれだけ確認を取り、大丈夫だ任せておけと請合っておきながら、運転士のおっちゃんは1.3kmほど手前にある別の登山道へ車をつけたのだ。正確な状況を把握し、しばし愕然とする。距離はそれほどでもないが、ひたすら登らねばならない。峠越えを前に余分な体力を使いたくはないのだが、どうしようもあるまい。
タクシードライバーのおっちゃんを恨みながら、県道30号線を「森の旅亭 マウント磐梯」方向へずるずると歩き始める。